メッセージ

20代まで1度は経験してほしい「ヒッチハイク」で得たコツと学び。

「ヒッチハイク」って僕でもできるのかな?

こう思ったのが、すべての始まりでした。僕は旅行で出向いていた名古屋から東京まで、人生で初めてのヒッチハイクをすることになったのです。おそらく、僕の人生で最初で最後になると思います。でも、そのヒッチハイクが僕の生き方や考え方に大きな影響を与えてくれたのは言うまでもありません。

今でも、いい想い出ですし、振り返れば、今の悩みなんて何でも乗り越えていけるんじゃないかなと、思ってしまいます。今日は、あの時を忘れないために書き残そうとおもいます。

僕がヒッチハイクをすることになったきっかけ

僕がヒッチハイクをしたきっかけは
・当時、住んでいたシェアハウスにあった1冊の本
・シェアメイトの言葉

堀江貴文さんの著書『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』に堀江さんが大学時代にヒッチハイクをした経験が綴られているのを読み、シェアメイトが実家の広島まで、ヒッチハイクで往復していたことを耳にしていました。ある日、僕は何気なくシェアメイトに、こう聞きました。

「ヒッチハイクってどうやればいいんですか?」と。するとシェアメイトはスケッチブックとペンを取り出してきて、僕に一言、こう言いました。
「ヒッチハイクなんて簡単だよ。やるか、やらないか、それだけ。やってきてみて!」

ヒッチハイクをすることを約束した僕は、行きはバスの予約を既にしていたので、僕はカバンにそれを詰め込んで名古屋に向かいました。

本当はウソをつくつもりだった

名古屋から戻らなければならない日の朝。僕はヒッチハイクをしようか、しないかをギリギリまで迷っていました。というのも、そんな恥ずかしいことなんかできないし、東京まで着くかも分からない。新幹線で帰るお金もあったし、自分に何かと理由をつけては、やらないでおこうかな~と思っていたのです。

今の時代は便利なもので「notteco(ノッテコ)」という相乗りのサービスがあるのを見つけました。目的地に向かう、マイカーを持つ運転手が、空いている座席を1人いくらと決めて、乗せて行ってくれるサービスです。実際、名古屋から東京も2,000円~4000円くらいで、相乗りしてくれる人をアプリ内で募集していました。

ヒッチハイクも相乗りも、誰かの車に乗せてもらったという点では同じこと。言い方は悪いけれど、お金がかかるか、かからないかだけだと、僕は思いました。でも、僕は思ったのです。それだと、約束を破ることになる。実際に帰ったときに「ヒッチハイクしてきました!」と言える。でも、それではシェアメイトに申し訳ない。

ヒッチハイクをやろう!それしかない!

僕は決めました。ただ、このあと、ヒッチハイクの難しさを思い知ることになるのです。

場所を考えないと成功しないのがヒッチハイク

目的地を大きく書いたスケッチブックを掲げ、僕は名古屋駅にほど近い、高速道路の入口付近でヒッチハイクをスタートしました。しかし、1時間が経ち、たくさんの車が通っていくのに、誰も止まってくれません。僕は、あることに気がついたのです。名古屋は高速道路が環状線になっており、地元の人も普段から高速道路を利用しているのです。

僕は納得しました。料金所に向かう車は、どれも「名古屋」ナンバーだったのですから。
ネットで調べると「刈谷ハイウェイオアシス」という大きなサービスエリアがあることを知りました。そこは一般の人も自由に出入りができるらしく、ヒッチハイクをするならここ!と書いてあります。名古屋駅からは電車で30分。僕は慌てて、駅に向かいました。

ネットの情報は信じるべき時もある

刈谷ハイウェイオアシスで、僕は人生初のヒッチハイクに成功することになります。

ネットの情報通り!初めて乗せてくれる人に出会った

刈谷ハイウェイオアシスに着いた僕は、ネットで予習したとおり、合流地点の手前に向かいました。少し道も広く、車もスピードを出していないから停まってくれやすいとのこと。さっそく、スケッチブックを掲げ、走る車にアピールします。しかし、車に乗る人は気づかないか、僕を見て、笑いながら走り去っていくばかり。

季節は7月の半ば。その日の名古屋の最高気温は予想で38度でした。アスファルトからは熱が伝わるし、太陽はギラギラと輝いています。
「もう諦めようかな……やっぱり、僕には無理なんだ」
そう思ったその時、横にあったガソリンスタンドから女性が声をかけてくれました。

「静岡の富士川までなら乗せて行けますよ。」

ほぼ諦めていた僕にとっては「えっ?ホント?」という思いでした。女性に付いていくと、給油していた旦那さんがいてました。お礼を言い、助手席に乗せてもらいます。
名前はモチヅキさんといい、車には2人の娘さんも乗っています。
そう、僕が人生初のヒッチハイクで乗せてもらった車は、一家4人の家族でした。

「どうして乗せてくださったんですか」と、僕は聞いてみました。

「私たちも、ヒッチハイクしている人を乗せるのは初めてよ。でも、暑いのにかわいそうでしょ?」

奥さんが言い、旦那さんがそれに頷いています。

理由はどうであれ、車は東京方面に向かって走り出しました。
この後、僕は車の中で、大切なことをたくさん学ぶことになります。

車中で旦那さんと話した大切なことの数々

気がつくと、奥さんと娘さんは疲れて眠っているようです。自然と旦那さんと話をします。僕の地元、富山の話だったり、モチヅキさんたちが暮らす、静岡のことだったり。僕が車に乗せてもらっていた時間は2時間あまりでした。
中でも、特に印象に残っていたのは「好きなことを仕事にする」ことについての話です。

当時の僕は、お酒が好きだからという理由で新卒で入った会社を辞めたあとで、派遣をしながら、何となく酒屋でバイトをしていました。僕はモチヅキさんに仕事のことを聞かれて、好きだったけど辞めた、のようなことを言ったのでしょう。

モチヅキさんのお父さんは、車好きだからという理由で、修理工場を営んでいたそうです。でも、好きなものは車だけ。そんな人が唯一好きなことを仕事にしてしまったせいで、暮らしのなかに、楽しみがなくなってしまったそうです。そんな父親の姿を見ていたからこそ、この話をしてくださったのかもしれません。

「好きを仕事にするのは、良いことも悪いこともある。でも、覚悟がないとできない。」

その言葉に、僕はハッとしました。
僕も、好きを仕事にしようとして、わずか1年足らずで辞めてしまったのです。
確かに、僕には覚悟が足りていなく、僕に向けて話してくださったように感じました。
他にも

「自分では好きじゃないと思っていることが、やってみると楽しいこともあるんだよね。」

と話してくれました。今、僕はITの会社に勤務しています。パソコンなんか大嫌いだ!
そう思っていた僕が、今やそれを使う仕事をしています。僕は、今の仕事が好きです。
あのとき話していたことは、現実になったのです。

そんなことを話しているうちに、車は約束の富士川サービスエリアに着きます。お礼を言って降りた僕は、また合流地点で次に乗せてくれる車を待ちます。
次に乗せてくださった方たちは、もうカオスでした(笑)。

女じゃないけど、酒のツマミになりそうだから乗れ!

ヒッチハイクを始めてから20分。停まってくれる車はなかなかありません。1回乗せてもらうと、この車は乗せてくれそうとか、そういうことが感覚で分かってきます。駐車場に目をやると、僕のほうを見ながら話しているグループがいます。乗せてくれるだろう……と思った僕の前にその車がやってきます。それは大きなマイクロバスでした。中から男性が声をかけてくれます。

「女じゃないからガッカリだけど、沼津までなら乗っていいぞ~ガハハハッッ!」

どんだけ陽気なんだよ(笑)。そう思いつつ、僕は乗せてもらいます。中には運転手を含めて8人ほど乗っていました。彼らが陽気だった理由を僕はすぐ知ります。
運転手以外のみんなで宴会をしていたのです。

皆さんは普段、静岡の磐田に住んでいるらしく、ゴルフをしにいくためにマイクロバスを借りて向かっていた途中だったそうです。そこにヒッチハイクをしている僕が目に留まり、面白いことやってる若者がいるじゃないか。女じゃないけど、酒のツマミになりそうだから乗せたんだ!と言い、中の皆さんは大笑い。

お酒を飲むのを勧められたけど、もしかしたら運転することもあるかもしれないので、丁重にお断りしました。正直、あのときの一升瓶で18,000円の日本酒……飲みたかった(泣)。

沼津の出口が近づく。ここで予想外の事態が。ここで高速道路を降りるので、僕は一般道に降りることになってしまいました。
「高速道路に向かう入口だから大丈夫!頑張れ若者!」と言われ、僕はバスを降りました。
確かに、どの車も料金所に向かって走っていきます。

しかし、ここが僕のヒッチハイク史上、最もヒヤヒヤした場所になるのでした。

眠いからちょうど良かった!運転変わって!とお願いされる

高速道路に向かう入口の手前で「東京」と書いたスケッチブックを掲げて、僕は道行く車にアピールしていました。しかし、本当にどの車も停まってくれません。それどころか、スピードを上げて過ぎ去ってしまいます。日も暮れてきて、雲行きも怪しくなってきました。焦りだしていたその時、救世主のごとく、1台の車が停まってくれたのです。

「渋谷までだけど、乗って行く?」
当時、僕が住んでいたシェアハウスは中目黒。ゴールと言っても過言ではありません。僕は喜んで助手席に乗り込みます。乗せてくださったのは、トルコから来て、都内でトルコ料理店を営むアリさん。車に乗って1時間が経ったでしょうか?アリさんに異変が起きるのです。

「運転は得意?」

アリさんが僕に聞いてきました。運転は好きですよと答えた僕の目に映るアリさんは、どう考えても眠そうです。話を聞くと、朝早くに東京を出て、伊豆で日焼けをしてきた帰り。日焼けをしすぎて、すっかり疲れてしまっていたのです。

途中のパーキングエリアに車を滑り込ませ、車のカギを僕に渡してくれました。運転するのはレンジローバー。イギリスの外車です。実家にある、トヨタの車にしか乗ったことがない僕は、思いがけず外車を運転することになりました。レンジローバーの運転は快適そのもので、アクセルやブレーキもよく効く、安定性がある、とても運転しやすい車でした。

横でアリさんは、よく眠っています。それにしても……見ず知らずの人に、運転していいよなんて、僕には言えないなぁと思いました。渋滞に巻き込まれながらも、僕とアリさんを乗せた車は無事に渋谷に着きます。見慣れたスクランブル交差点に道行くたくさんの人々。どれも見慣れた、東京のいつもの景色。

そして僕が、中目黒に住んでいることを知ったアリさんは、そのまま車で乗せて行ってくれました。アリさんが営むお店に行くことが、今一番したいことです。そろそろ、いい加減に行かないと……
そうして、僕の最初で最後になるであろうヒッチハイクが終わったのです。

※追記
アリさんのお店に行きました。
あの時の経験は、アリさんにとっても良い想い出で笑い話でもあるそうです。

まとめ

僕がヒッチハイクをして気づいた大切なこと。

ヒッチハイクの気づき

・世の中は、やるかやらないかの選択でできている。
・やった者にしか見えない世界がある。
・物事で躊躇してしまうのは、自分のプライドが邪魔しているだけ。

この3つは特に伝えたいことです。

やる前からできないと諦めるよりも、僕のようにやってみてから気づくこともたくさんあります。また、ヒッチハイクなんて僕にはできないと思っていても、結果、できました。やったからこそ分かったヒッチハイクの厳しさや面白さがあります。そして、迷うなかには、周りの目が気になる、恥ずかしいといった自分の中のプライドが邪魔しているだけという事実に気がつきました。

この3つが分かった僕は、自由な気持ちで毎日を暮らしています。決して、僕はヒッチハイクを皆さんに強要するわけではありません。ただ、やったその先に見える世界や気づきを得てほしいと思うだけです。

「若いからこそ、できることがたくさんある。」大人はこう言います。確かにその通りかもしれません。僕があと10年経ってからヒッチハイクなんかする気にもなりませんし、今だからこそできたんだと思います。あの時、乗せてくださった皆さんには、本当に感謝以外の言葉しかありません。もう会うこともないかもしれないですが、僕は皆さんのおかげで、自分を変えることができました。

本当にありがとう。

ABOUT ME
アキラ
アキラ
管理人のアキラです。 サイトタイトルの『ライフスタイルマガジン』を雑誌だと間違えてしまった方は、ごめんなさい。 「人生とは一冊の雑誌のようなものだ」 サイトのタイトルを考えていた頃、ふとこんなことを思いました。 人にはそれぞれ、様々なライフスタイルがあり、就職や結婚などのライフステージがあります。それらから得た経験や情報をまとめてできあがるものは、まるで一冊の雑誌のようだと感じたのです。 ならば、自分のライフスタイルという情報を、ブログを通じていろんな方に届けられたらいいなという思いで、ライフスタイルマガジンという名前のサイトを作ることにしました。 読書やCDが好きなので、それらの紹介など、皆さんの暮らしをワンランク豊かにできるような情報を書いた記事。そして、これまでのライフステージで経験した話、気づきや学びなどを記事にして発信していこうと思います。 今までと変わらず、気まぐれにいろんなことを書いていこうと思います。 更新頻度はそこまで高くない?かもしれませんが、自分のペースで続けていこうと思います。 あなたの暮らしに、少しでも当サイトがお役に立てますように。 それでは、ライフスタイルマガジンをどうぞお楽しみください!